ChatGPTやGemini、Copilotなどの生成AIモデルは、全ての分野に精通した万能な存在のように認識されることが増えました。しかし、単一のAIに複数領域の専門知識を学習させると、質問の意図を混同し、不正確な知識を参照して回答の精度が低下するリスクがあります。
そこで注目されているのが、複数の専門家AIをチームとして連携させる「マルチエージェントシステム」です。
ただし、単に専門化されたAI群を集めるだけでは、協調性が失われ、チームとして機能しません。ここで重要な役割を果たすのが、チーム全体を統括し、指揮する「オーケストレータ」の存在です。
本記事では、マルチエージェントシステムの基礎知識、オーケストレータの役割、およびその導入手順や留意点について、わかりやすく解説します。
目次
そもそもAIエージェントとは、ユーザーの指示に応答するだけのAIアシスタントやチャットボットとは異なり、与えられた目標を達成するために、自律的に意思決定し、行動するAIです。
そしてマルチエージェントシステム(MAS:Multi-agent system)とは、司令塔役のAIと、特定の役割を持つ複数の専門家AIエージェントがチームを組んで、一つの目標を達成するシステムを示します。
簡単に言えば、AIチームが1つの目標達成に向かって、コミュニケーションを取りながら、自律的にタスクを遂行することです。
マルチエージェントシステムでは、業務を工程ごとに分解し、それぞれに適したAIにバトンを渡していくのです。このチーム構造は、オーケストラに例えると理解しやすいでしょう。
役割
説明
例
オーケストレータ(司令塔AI)
目標を理解し、タスクを分解し、各専門AIに指示を出す統括役
指揮者
実行エージェント(専門家AI)
指示されたタスク(文章生成・調査・分析など)を専門領域で実行する
演奏者
マルチエージェントを構築するうえで、重要なのがオーケストレータです。以下では、オーケストレータの役割と種類を整理します。
オーケストレータの重要な役割は、人間が与える抽象的で大きな目標を、AIが実行可能な具体的なタスク群へと正確に分解することです。
たとえば、オーケストレータに「新製品の市場参入戦略を立案してほしい」と指示したとしましょう。オーケストレータは、以下のステップでタスクを分解し、専門家AIに包括的(Inclusive)に割り当てます。
プロセス
内容
目標の分解
「新規市場参入」という抽象的な目標を、「市場調査」「競合分析」「顧客セグメント特定」「プロモーション計画策定」などの中間目標に変換する。
実行エージェントの選定と指示
リサーチャーAIにデータ収集を指示 → 収集データを分析AIに渡し、ニッチ市場や競合弱点を特定させる → 戦略家AIにターゲット顧客と訴求メッセージ作成を指示。
情報の統合
各エージェントから返ってきた情報を統合し、論理的に整合した最終アウトプット(例:市場参入戦略の提案書)としてまとめる。
オーケストレータはプロジェクトマネージャーと同じ役割を担うと言えます。目標達成に向けて、タスクを分解し、適切なメンバーに割り当てることで、各AIは迷うことなく動けるのです。
オーケストレーションには、チームの構造によっていくつかの種類が存在します。代表的な4つの種類を比較してみましょう。
種類
概要
主なメリット
集中型
1つの強力な頭脳が全体を指揮するトップダウン型
一貫性が高く、予測可能で制御しやすい
分散型
司令塔なしで、エージェント同士が自律的に連携
拡張性が高く、障害に強い
階層的
上位が下位を管理する組織図のような構造
専門性を活かしつつ戦略的に管理できる
連合的
独立した組織がデータ共有せずに協力する方式
プライバシー・セキュリティを確保しながら連携可能
マルチエージェントシステム導入を検討する際、どの業務に、どのような自律性と連携が必要かを見極めることが、最適なオーケストレーション戦略を選ぶ上での重要ポイントとなります。
専門性の高いAIチームを設計できたとしても、この指揮者が不在であれば、そのポテンシャルは十分に発揮されません。
マルチエージェントシステムが注目される理由は、単に新しい技術だからというだけではありません。ここでは、3つのメリットをご紹介します。
1つのエージェントにさまざまな役割を兼任させるのではなく、マルチエージェントを実現してそれぞれのエージェントに専門分野を割り当てることで、保守が容易となります。
例えば、ITサポートを行うエージェントは社内の情報システム部門で、人事エージェントは人事部門で、というように各部署において、それぞれの専門エージェントを保守する体制を構築できます。
従来の方法では、新しい作業工程が必要になった場合、システム全体を前提として再構築する必要がありました。これは、計算リソースや時間的なコストが大きいというデメリットを招きます。
しかし、あらかじめ役割を細分化しておけるマルチエージェントシステムなら、色々な「親エージェント」から、新しい作業に応じて必要な「子エージェント」を呼び出すことが可能です。
たとえば、コンテンツ制作業務に「SNS投稿文の作成」という工程を追加したくなったら、その役割を持っている「子エージェント」をチームに加えるだけで済むのです。
マルチエージェントシステムでは、それぞれのAIエージェントが1つの専門業務に特化しているため、1つのAIにさまざまな業務を依頼するよりも、アウトプットの質が安定する傾向にあります。
比較的シンプルな構造であれば、すでにMicrosoftのCopilot Studioのようなツールを使ってマルチエージェントシステムを構築することが可能です。しかし、従来のシステム導入とは異なるアプローチと特有の注意点が存在します。
ここでは、具体的な導入手順と注意点について解説します。
まずは、最も解決したい、複雑で時間のかかる業務を特定します。マルチエージェントの導入においては、自動化したい作業リストではなく、「なぜ現在のやり方ではうまくいっていないのか」という深掘りが欠かせません。
業務を特定したら、人間が行っているように企画、調査、分析、実行、校正といった工程に詳細に分解します。
分解した各工程に対し、必要な専門家AIを定義しましょう。たとえば、市場調査が目的なら、情報収集能力、統計解析能力、自然言語での要約能力を持つAIエージェントが必要、といった具合です。
また、各エージェントが連携するために必要な情報形式とコミュニケーションルールを定めることが重要です。情報のバトンタッチがスムーズでなければ、システム全体がボトルネックとなります。
この段階は、単なるシステム要件定義ではなく、業務そのものの再定義と捉えるべきです。
例えば、自治体の総合受付業務に対応するためのエージェントとして「親エージェント」を作成します。親エージェントは、総合受付で必ず必要になる対応として、「何かお困りですか?」と相談者へ用件を尋ねる役割を担います。
その親エージェントから呼び出せるエージェントとして、以下のような「子エージェント」を作成しておきます。
親エージェントがヒアリングした用件に応じて、それぞれの子エージェントを呼び出し、続きはそれぞれの専門家である子エージェントが対応できるように構築するわけです。
マルチエージェントシステムの導入と同時に注意すべき点は、AIチーム全体から生じる創発性(予期せぬ振る舞いや新しい問題解決能力がシステム全体から生まれる現象)です。
このリスクに対処するためには、「どのエージェントが、どのような判断を下し、どのような情報を受け渡した結果、生まれたのか」を人間が追跡・検証できる設計にしておく必要があります。
監査ログの整備や各エージェントの判断根拠を記録させる仕組みを導入することで、ネガティブな創発を早期に発見し、修正することが可能となります。
マルチエージェントシステムとは、複数のAIが連携し、共通の目標達成に向けて自律的に動作する仕組みです。複雑な課題を解決する人間のチームワークの強みを、AIの世界に応用する試みと言えます。
マルチエージェントシステムにおいて、チームを統括・指揮するオーケストレータの存在が重要な役割を担います。
これからのAI活用においては、単一のAIの性能を極限まで追求するだけでなく、業務プロセスの設計と思想が重要になるでしょう。
電通総研では、マルチエージェントシステムを構築可能なMicrosoft Copilotの導入、および活用支援についてのコンサルメニューを用意しています。
Copilot Studioではマルチエージェントオーケストレーション機能が実装されているため、ご活用に興味がある場合は、お気軽にお問合せください。
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